お風呂上がりの楽しみが突然の痛風という病気のおかげで奪われた。しばらく禁酒生活を余儀なくされたのだった。
いつものように冷蔵庫を開けて牛乳を探す。冷蔵庫の前で牛乳を飲むのは空しかった。
「おい、牛乳がないぞ。」
見渡すといつもの紙パックの牛乳がない。
「奥に瓶の牛乳があるでしょう。今日ご近所の牛乳屋さんがお試しにって持ってきたのよ。」
と家人が応えた。
「瓶の牛乳か、懐かしいなあ。」
久しぶりの瓶の牛乳に戸惑いながら爪をたてて紙の蓋をあけた。200ミリリットルの牛乳はゴックン、ゴックンと喉の奥に消えた。
「いつもの紙パックの牛乳と味が違うなあ。なぜか懐かしいねえ。」
「昔、小学校の給食で良く飲んだわねえ。」
家人も懐かしそうに答えた。
「そうそう、良く飲まされたなあ。」
ふっと、30年ほど前のことが蘇った。
校庭の桜がすっかり散ってしまった頃だったと思う。かすかな記憶に木造だった校舎と春のポカポカした日ざしの記憶がある。
小学校2年生のある日、午後からの工作の授業が憂鬱だった。折り紙とかその他必要な物を一切持ってくるのを忘れてしまったからだ。
「どうしよう、先生に叱られる。」
授業が始まった。テーマは自由、何を作ってもかまわない。私の机の上には、クラスメイトの何人かに頼み込んで分けてもらった折り紙が3,4枚と
給食で出された牛乳瓶が1本あるだけだった。しかもその牛乳瓶は返却されるべきものを一本失敬してきたのだった。
昔からオッチョコチョイで忘れ物が多く、その代わり変なところで要領の良い性格は今も変わっていない。
(何とかなるだろう。)と思ってしまうのだ。
(これだけで何が出来るのかなあ。う〜ん、何を作ろうかなあ?)
とりあえずの材料を集める事だけで頭がいっぱいになっていて、何にも考えていなかった。
(そうだ、あれにしよう。絶対にあれがいい。)
昨日視たテレビを思い出した。
糊とハサミは隣の子に借りる事が出来た。
まず肌色の折り紙を筒状にして牛乳瓶に入れた。牛乳瓶からはみ出した部分が顔だ。それの上の方に黒の折り紙を重ね巻きにして帽子にする。
次に牛乳瓶の下半分に黒い折り紙をズボンとして、上半分に赤い折り紙を洋服として張り付ける。最後にサインペンで目、鼻、口、腕、ボタン、
ベルトを書いた。
「出来た!」
テレビの(世界の旅)で視たイギリスの近衛兵の完成だ。
「上出来、上出来。」
こんな材料のわりには、自分なりに納得できる出来ばえだった。
しかし、あまりにも簡単に出来あがってしまって時間を持て余した。本当は授業が終わったらドサクサに紛れて提出しようと思っていたのに。
担任はこの春にやってきた新任の女性教師のN先生だった。学校を卒業したばかりの新米の先生だ。
(先生に机の上を見られたら、忘れ物をした事がバレるぞ。この牛乳瓶の事も問い詰められたらどうしよう、やっぱり怒られるよう。)
目が合わないようにしていたら、そわそわしている態度に気がついたのか先生がやって来た。
(しまった、見つかった!)
今にも怒声がふってくるのを覚悟した。
「まあ、かわいい。先生、気に入っちゃった。」
先生は私を咎めることなくニッコリ笑ってくれた。正反対の言葉に戸惑いながらも、とても嬉しかった。
言葉どおりに牛乳瓶の近衛兵の人形は、その学期が終わって返却されるまで、職員室のN先生の机の上に飾られていた。そして、
職員室に用事で行くたびに、
「先生のお気に入りだよ。」
と言ってくれた。そんな言葉が聞きたくて、たいした用事もないのによく職員室に行ったものだった。
そんなN先生は普段はとても優しかったが、時には厳しいこともあった。特にクラスメイトの陰口を言っていたのが先生の耳に入った時は
こっぴどく怒られ注意された。それでも小学校の6年間で一番充実した1年だったと思う。
しかし、先生は翌年3月に学年が終わると同時に退職された。たった1年間だけの、しかも私達だけの担任の教師生活だった。
そらから3年の年月が流れ小学校5年生になったある日、朝刊に載ったひとつの記事によって、学校中が大騒ぎになった。
(山手線で、学生運動の活動家の持っていた荷物が爆発、死傷者多数発生。火炎瓶が暴発したもよう。死者は荷物の持ち主で
女性活動家の・・・;。)
亡くなった女性活動家はN先生だった。
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「あんな先生は君達にろくな事を教えなかっただろう。」
その時の担任だった男の先生が、苦々しげに私達に言った。
私は声にはならなかったが、心の中で泣き叫んだ。
(ちがう、N先生はそんな人じゃあない!)
今にして想えば、子供達に、勉強や世の中の規則を教えるはずの先生が、本当に火炎瓶をもって世の中を変えようとする
過激的なテロリストだったのだろうか。私には、N先生とそのテロリストがどうしても重ならない。
近衛兵の人形をかわいいとほめてくれた優しい笑顔しか残っていない。
彼女は何を信じ、何を求めていたのか。それとも時代の流れに押し出され、どこかで危険な道を間違って選んでしまったのか?
けっして彼女がとった行動を肯定出来るものではないし、するつもりも無い。しかし、彼女は(世間でいう)間違った道だったとしても、
何かの熱い信念を持って行動したはずだ。
それに引き換え、自分は今まで何かに命を掛けてまで熱く追い求めた事があったのだろうか?
あまりにも平凡に(世間でいう)まじめに年月を重ねるだけの人生だったのではなかったのか?
「あ〜あっ。ビールが飲みてえなあ。」
「お父さん、早くお酒が飲めるようになれば良いのにねえ。」
いつのまにか後ろに来ていた小学校に入学したばかりの娘が言った。
「おっ、ありがとう。ところで学校はおもしろいか?」
「うん、楽しいよ。お友達もいっぱい出来たし。」
「そうか、楽しいか。」
そうつぶやきながら牛乳瓶に目をやった。
(また、近衛兵の人形でも作ってみるか。)
なんだかこの牛乳瓶が大切な思い出の品に思えてきた。 (了)